FUMONIN Hikaru's Artistic Days

Web投稿などで活動するアマチュア作家・小説家で、オケなどで活動するアマチュアのチェリストです。

♭でお腹いっぱい ~オケの楽器と調性のお話~

 私は、オーケストラを2つ掛け持ちしています。

 地方公演で、ベートーヴェン交響曲第5番運命を演奏することは前にも書きましたが、こちらはご存じのとおり、ハ短調なので♭が3つ。

 もう1つ小編成のオケに所属していますが、こちらはベートーヴェン交響曲第3番英雄(エロイカ)とシューベルト交響曲第2番というマイナーな曲をやるのですが、エロイカ変ホ長調なので♭が3つ、シューベルト変ロ長調なので♭が2つという調性です。そこでまず思ったのは、似たような調性の曲ばかりやると飽きるなということでした。ちょっと、お腹いっぱいな感じです。

 それとも関連するのですが、楽器には、鳴りやすい調性というものがあります。

 まず、管楽器についていうと、金管楽器がわかりやすいです。実際の楽器は、管をぐるぐると巻いてあって、コンパクトになっていますが、伸ばせば一本の管になります。これはアルペンホルンを見るとわかりやすいです。

アルペンホルン

 長さに応じて固有震動数というものがありますので、ある菅の長さで出せる音は、基本的に、その倍音列に属する音ということになります。管の長さを調整するバルブが発明されるまでは、そう言う制約がありました。

 金管楽器の場合、ピストンを押すことで、本体に付属した管を経由し、管のの長さを調整できるようになっています。半音、1音、1音半相当の三種類があります。この3つの組合せで、本体の倍音列以外の音も出せるようになっているわけです。

トランペットのピストン

 とはいえ、ピストンを押して、付属の管を経由しない方が楽器が鳴りやすいことは事実です。

 楽器によって本体の長さは違っていて、トランペットはB(シ♭)、ホルンはF、クラリネットはB(又はA)などとなっています。

 したがって、管楽器の場合、ヘ長調(♭1個)、変ロ長調(♭2個)などの方が楽器が鳴りやすいことになります。

 このため、ブラスバンドの場合は、チューニングをB(シ♭)でやることが多いですね。

 この関連で、管楽器のパート譜は、実音とは異なる音で書かれているものがあります。例えば、ホルンであれば、in Fで、実音Fがト音記号のCの位置に書かれます。調号もハ長調の場合は#が1個付きます。

 このように、記譜と実音にズレのある楽器のことを「移調楽器」と呼びます。

 指揮者が使用する総譜(スコア)も同様ですので、in F、in B、in A、in Esなどが読めないと指揮者にはなれません。また、移動ドとは違いますが、ハ音記号(アルト記号やテナー記号)も読めなければなりません。

 また、指揮者が管楽器奏者に音を指示するときも、実音Fなのか記譜のFなのかを明示して指示しないと混乱してしまいます。中学校のブラスバンドを教員が指導する場合などに、それで失敗した話をよく聞きます。

総譜(スコア)

 一方、弦楽器については、調弦との関係があります。ヴァイオリンは下からGDAE、ヴィオラとチェロは下からCGDA、コントラバスは下からEADGとなっていて、共通するのはGDAの音です。

 オーケストラのチューニングはA(ラ)の音でするのも、この関係が大きいです。

 弦楽器の場合、弦が4本ありますが、正確な音程で演奏すると、共振現象が起きて豊かな響きがします。GDAが共振するのは当然ですが、その倍音列の音も共振します。G-DーH、D-A-Fis、A-E-Cisなどです。これからわかるとおり、弦楽器は#系の調性で豊かに響きます。

 というわけで、オーケストラは、管楽器と弦楽器で得意な調性が背反している、というジレンマを抱えているのでした。ついでに言うと、管楽器は演奏しているうちに音程が上がっていくのに対し、弦楽器は下がっていきます。こういうジレンマもあったりします。

 以前、あるテレビ番組で、モーツアルトアイネ・クライネ・ナハトムジークは、なぜG-dur(#1個)で作曲したのか、という実験をしていました。正解は、単純に豊かな響きがするから。番組では、試しに1音下げて、F-dur(♭1個)で演奏して比較していましたが、確かに聞き慣れたアイネクライネナハトムジークとは違う感じがします。

 また、弦楽器は胴の部分に音を響かせて鳴らすわけですが、可能な限りいろいろな音が共鳴するように試行錯誤した結果あの形となっています。

 しかし、完璧ということはあり得ません。やはり鳴りにくい音はあって、それはズバリFis又はGesの音です。一番有名なのは、チェロのG線のFisの音で、うまく響かないと音が干渉しあってうねりが生じます。狼が唸っている音に例えられ、これを「ウルフ音」と言います。ウルフ音を緩和するために、弦の駒とテールピースの間にウルフキラー(軽いおもり)をとりつけることがあります。が、ウルフキラーを付けると弦が鳴りにくくなるというジレンマもあり、実は痛しかゆしなのです。 

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 さらに、弦楽器の場合、♭がつくとフィンガリング(指使い)が難しくなるということがあります、特に鬼門なのが3個目のA♭です。ヴァイオリン・ヴィオラの指使いは共通していて、ポジション(弦を押さえる位置)を変えなくても1オクターブを演奏することは可能です。

 チェロの場合、楽器はヴィオラの倍の大きさがあり、フィンガリングも違ったものとなります。開放弦を使わないと、1オクターブを演奏するために、2・3回のポジションチェンジが必要になり、ヴァイオリン・ヴィオラよりも、ずっと難易度はがあがります。3個目のA♭が出てくると、Aの開放弦が使えないため、とても大変なのです。

 有名なのが、運命の第2楽章(変ニ長調:♭が4個)の旋律です。Dにも♭がつくので、AとDの開放弦が使えないという二重苦になります。ヴィオラとチェロのユニゾンで旋律が出てくるのですが、D線のAs付近を上がったり下がったりと、ベートーヴェン先生は、ねちっこくチェロを虐めにかかります。

 旋律は3回出てくるのですが、出てくるごとに変奏され、音符も細かくなっていきます。これも結構いやらしいです。

youtu.be

 フィンガリングもいろいろと考えてはみるのですが、決定版はなかなか思いつかないですね。ビデオを見ても、演奏者それぞれのフィンガリングをしていてバラバラです。

 実は、これ。オーケストラの入団オーディションの課題曲でも使われることがあることでも有名です。

(ただし、オケの場合、ボウイング(ダウンボウか、アップボウか)は合わせますが、フィンガリングは適度にバラける方がいいそうです。これは、フィンガリングによって、ある音が低め/高めになる傾向が避けられないため、完璧に合わせてしまうと、それが音にあらわれてしまうためです)