私の苦手なもの
しばらく間が空きました。実は、演奏会の本番が2つ重なり、燃え尽きて、しばらく呆けていました。しかし、既に次の演奏会の練習が始まりました。気持ちを切り替えなければなりません。
今回の演奏会で、私の苦手を実感しました。前の記事でもスピッカート(跳弓)は難しいという話を書きました。感じ方は、人それぞれですが、跳ねさせるというよりも、弓の弾力を使って、弓が自発的に跳ねるのをコントロールするといった感じでしょうか。
弦楽器にはダウンボウ(下げ弓)とアップボウ(上げ弓)があって、特性がことなります。スピッカートで弾くときは、上手くコントロールしないと、ダウンボウとアップボウが均等に聞こえません。これには、飛ぶ方向が乱れないようにすることが大切なのですが、遅いスピッカートは滞空時間が長くなるのでコントロールが難しいのです。
で、さらに難題なのが、PやPPの遅いスタッカートです。
弓を飛ばしやすい位置は、弓の重心の位置とされています。手元の方が重いので、概ね手元から弓の長さの3分の1くらいの位置です。ですが、この位置だと跳びやすいですが、力がかかり過ぎるのでPPにはなりません。弓は、梃の原理で、弓本は力がかかりやすく、弓先は力がかかりにくいという特性がありますので、飛ばす位置を弓先へと持っていくのです。そのためには、弓を持つ手の薬指と小指で支えて重心をズラす必要があります。
そして重要なのが、引く位置です。要するに、駒よりなのか、指板よりなのかということ。一般に、fを弾くときは駒より、pを弾くときは指板よりということになりますが、あまり指板に近づけてしまうと、弓は上手く跳びません。
しかし、オーケストラで弾いている習性の悲しさで、ppのときは、恐怖心から、どうしても指板よりに逃げてしまうのですね。そうすると弓が跳ばないし、音が長くなってしまいます。で、さらに移弦(弾く弦が変わる)があると、飛び方のコントロールも難しくなります。
先日やったベートーヴェンの交響曲第3番英雄(エロイカ)の第3楽章のスケルツォは、まさにppで始まります。
しかし、これは弦楽器のユニゾンで始まるので、凄く怖い訳ではありません。
次回の演奏会へ向けたベートーヴェンの交響曲第9番の第2楽章のスケルツォは、何度もやっていますが、何回やっても怖いです。
これは、冒頭でfで主題を提示した後、ppのフガートが始まり、まずは2ndヴァイオリンが、次にヴィオラが主題を提示して、次がチェロの番です。これがppの遅いスピッカートということもあるし、チェロのA線の高音域で、鳴りやすい音から始まるのでなおさらです。

同じようなppのスタッカートは、先日やったブラームスの交響曲第3番3楽章の中間部でも出てきます。こちらは、ppのスピッカートで、かつ、最後の音符だけアクセントがついていて、コントロールが難しい。
この2曲をやって、周りから音がでかいだの、音が長いだの苦情を言われながら練習した結果、それなりに上達はしました。さらに精度を上げて第9の演奏会へ臨みたいと思っております。
スピッカート(spiccato)/ソティエ(Sautille)/跳弓(ちょうきゅう)の弾き方と練習方法 ★動画で解説・バイオリン教室★
お題「夏に聴きたくなる音楽といえば」 ~エステ荘の噴水~
Hatenaブログのお題からひとつ。「夏にに聴きたくなる音楽といえば」です。
私は、チェリストなので、チェロのお話が多いですが、チェロやオーケストラの曲以外にも、ピアノの曲も好きです。
一番気に入っているのは、ドビュッシー御大なのですが、ラベルもいいし、ショパンも好き。ブラームスの後期のピアノ作品もいい。もちろん、ヴェートーヴェン翁のピアノ曲は、外せません。
微妙なのがリスト。ピアノ協奏曲などは、いただけないなと思うのですが、素敵な曲もあります。若い頃はスターとしてもてはやされ、ショパンと人気を二分した彼は、年を経て、生活スタイルも、曲調も変わります。晩年のリストは修行僧のようなストイックさを持っている。
そんな彼に「巡礼の年」というシリーズもののピアノ曲集があり、その最後、晩年の作品で第4集「第3年」の第4曲「エステ荘の噴水」という曲があります。
「エステ荘」は、イタリアのティヴォリにあるエステ家による別邸で、オルガンの噴水という巨大な噴水をはじめ、数百の噴水があることで有名。「エステ荘の噴水」は、その噴き出す水が光に反射してキラキラとした様子を見事に描いています。聴いていると、その映像が頭に浮かびあがり、涼やかな感じは暑苦しい夏に清涼感をもたらしてくれます。
この曲は、リストの代表作でもあり、ドビュッシーやラベルなど、後輩の作曲家たちにも影響を与えています。
ドビュッシーの 「映像 第1集:水の反映」やラベルの「水の戯れ」は、同じ水を題材とした曲として、リストの影響を受けていると言われる定番の作品です。
ドビュッシーやラベルは印象派と呼ばれますが、その先輩であるリストは、「エステ荘の噴水」で、そのスタイルを先取りしていたわけです。
「印象派」という言葉は、絵画の印象派からの転用です。絵画の印象派では、光がとても重要な要素です。中でも、水がキラキラと乱反射したり、透明な水を通して水底が見えたり、半透明な水面に風景が映り込んだりといった、神秘的・幻想的な光の作用は主要なモチーフの一つです。
定まらない、波に映る乱反射のように、型にはまらず、自由にたゆたう。しかし、完全な無秩序というほどアナーキーではない。そんな絶妙な自由さ。そんな感覚が私は大好きです。そういう共通点からドビュッシーらは印象派と呼ばれたのだと思いますし、言い得て妙です。
作曲技法としては、ドビュッシーの全音音階が、一種の無調だと前にブログで書きました。一方で、シェーンベルクに始まる新ウィーン学派は、12音技法という、完全な無調音楽の手法を確立したました。「無調」というと、調性という頸木から解き放たれた、完全フリーのように思いがちです。しかし、厳格な12音技法は、まさに
自由落下とは、不自由なものだな(by シャア・アズナブル)
というようなもので、いかなる調性からも中立でなければならない、という不自由があるのです。
人間は、大地に立って生きる存在。12音技法は、無重力状態のような不思議な雰囲気を醸し出しますが、人は、無重力状態の中では宇宙酔いをしてしまう。同様に、12音技法による音楽を長時間集中して聴くことは、無理だったのです。それに、いち早く気づいたシェーンベルクらは、12音技法と語りや合唱のテキストと結びつけるなどの工夫をし始めます。
ドビュッシー御大は、そんな様子を横目で見ながら、苦笑していたのでは、と想像してしまうのは、私だけでしょうか?
結局、音楽にも、ドラマがないと聴衆はついてこない。主調があって、これが属調などを経て不協和が生まれ、最後に主調へ戻って解結するのが音楽の基本形。型にはまったものばかりではつまらないので、いかにひねりを加えるかが作曲家の腕の見せ所でだと思うのですが……。
スタイルの崩し方に、絶対的な正解はなく、個人の趣味・センスがあるだけです。それは、創る方も、聴く方も同じです。ですが、20世紀は、古い価値の破壊が正義とされた時代。作曲業界では、12音技法が絶賛されミユージック・セリエルという技法に昇華されていきます。この中で、新ウィーン学派のウェーベルンは、その元祖として、神のように尊敬されていました。
しかし、それも20世紀の後半から様変わりし、今世紀では、旧来の作曲技法を使った作曲家たちが復権してきています。が、それらの話は、機会を改めるということで。
休符で始まるリズム ~ブラームスの得意技~
今度の定期演奏会でやるブラームス交響曲第2番の第4楽章の冒頭付近に印象深いリズムがあります。
冒頭、Pで始まり、消え入るようなデクレッシェンドで、そのまま静かに収まるかと思いきや、スビート(突然)フォルテの音型が静けさを唐突に破ります。
その音型の頭が八分休符なのです。ブラームスも、頭が休符で始まるリズムは得意なのですが、他の作曲家でも、見かけるリズムです。

この音型を見る度に思い出すのが、とある古い映像のこと。
指揮者の小沢征爾さんが、まだボストン交響楽団の音楽監督をやっていた頃。タングルウッド音楽祭で、若手の指揮者の指導をしている映像があります。そこで、ウェーバーの魔弾の射手序曲の指導をしていたのですが、同じような音型がでてくるのです。
そこで、小沢さんは、若手の指揮者に、休符のところで息を止めると、入りが遅れるので、止めるなと指導していました。これは演奏家ならなおさらで、休符のところは、「ウッ」と息を止めがちになるのですが、そうすると体が緊張して、リズムが遅れがちになります。
では、どうするのかというと、休符のところで、息を吸うのです。心得ている指揮者の方ですと、息を吸う音が聞こえますし、それが一つの合図にもなるのです。
アルバン・ベルク=カルテットが録音したブラームスの弦楽四重奏曲のCDでは、頭が休符リズムのところで、第1ヴァイオリン奏者が息を吸っている音がよく聞こえます。プロにとっては、常識なのですね。
第4楽章の中盤、やはり休符で始まるブラームスらしいリズムがあり、ちょっとしたクライマックスを作っています。

Brahms: Symphony No.2 / Seiji Ozawa Saito Kinen Orchestra (2009) - YouTube
このリズム、休符で始まるリズムへ向けて、盛り上がっていくのですが、例によって、4/4拍子に、3拍子のリズムをはめ込んだヘミオラというやつです。しかも、ヘミオラの一番最後の音型は、八分音符から3連符へ変化し、かつ、最後で八文音符に戻して急ブレーキを踏み、緊迫感を煽ります。
そして、頂点だと予測される1拍目の強迫を休符にするという裏切り行為に、誰もがつんのめりそうになります。ブラームスは、2拍目にアクセントを書いていますが、これは一種のシンコペーションなので、2拍目はいやでも強調されるのです。
まさに、ここの四分休符のところこそ、息を吸わないと演奏者としては持ちません。
しかし、よくぞ、こんなリズムを考えつくものだと感心します。慣れないアマチュアは、いっそ変拍子にしてくれればいいのに、と愚痴をいいます。気持ちはわからないではないですが、これを変拍子にしたら、ブラームスじゃない。演奏し慣れてくると、これがまた、たまらない魅力なのです。
チェリスト、彷徨する
先週の日曜日。オケの練習がありました。
私の家は、東京の南部にあるのですが、いくつかある定番の練習場所は、なぜか北部が多い。結果、そのための交通費も、バカにならなかったりします。アマオケをやっていると、本番会場や練習場所の使用料、指揮者やトレーナーの先生への謝礼、その他活動に必要な諸雑費に加え、楽器の維持に必要な消耗品費もあり、トータルでかなりの出費です。でも、好きでやっていることですからね。
初めての練習場所のときは、スマホのナビが頼り。ですが、実は、最短経路じゃなかったり、妙な小道を通ったりと、全面的には信頼できない。
今回は、湯島天神のすぐ近く。ここも、ナビでは、最短経路がわからなかったのですが、実は、最短経路はとんでもない坂道を通るのです。

最近、改修工事が行われて、手すりもついて、きれいになり、中央部に踊り場も作られたので、通りやすくはなりました。改修前は、古めかしい急階段で、チェロを背負って通るのは、少し怖かったです。

なぜ、このような道が残っているかというと、「実盛坂」という名前があり、それなりに由緒があったらしいです。
東京は、道路も舗装されているし、建物で覆い尽くされているので、地形がとても分かりずらい。こういう急な坂をみるとアップダウンがあるのが、よくわかります。
よく言われるのが「谷」が付いている地名のところは、文字どおり低い場所だということ。
私の家の近辺だと、「渋谷」は、その一例で、山手線と国道246号線が交差する高架下は、豪雨が降るといつも浸水して水浸しになっています。それが明確なのが、地下鉄銀座線の渋谷駅が、地上3階にあるということ。これは、銀座線がわざわざ坂を上っているのではなく、渋谷が低いので、高低差を維持すると3階に着いてしまうのです。銀座線は最も古い地下鉄の一つなので、技術的にそれしかできなかったのでしょう。
これは、東京初心者にとっては、大きな落とし穴ですね。普通は、想像できないですから。一方、渋谷を通っている地下鉄半蔵門線や副都心線へ乗り入れることになった東急線の駅は、地下2階にあります。地下鉄の経路図を見ると、渋谷で銀座線から半蔵門線に乗り換えができることになっています。それは間違いではないのですが、地上3階から地下2階へ延々と下ることになり、とても大変なのです。乗り換えるなら、一駅前の表参道で乗り換えれば、同じホームで乗り換えができるので、知っているかいないかで、雲泥の差があります。
といっても、それは広い関東平野でのこと。高低差といっても、たかだか数十m程度のことです。
スタジオジブリの映画「コクリコ坂」のモデルとされている「いろは阪」は典型的だと思われますが、この高低差はちょっとした川により地形が削られた河岸段丘なんですね。
「いろは坂」の場合は、おそらく多摩川の支流の大乗川だろうと思います。こちらは、現在でも川としての体裁があるので、わかりやすい。
しかし、都心部になると川が暗渠になっていて、よほど気を付けていないとわからない。でも、「いろは坂」のような場所が、あちこちにあるのです。渋谷でも、「スペイン坂」とかありますよね。
そういえば、「スペイン坂」近くにあるNHKの建物もまさに坂に面して建っていて、正面玄関がいちおう1階ですが、坂下にある西口とは、やはり相当な高低差があるのでした。昔、NHKがスポンサーの学生選抜オケの練習に、スタジオへ通ったことがあるのですが、スタッフ入り口は別なところにあって、やはり正面玄関からは下にありました。
そのときに、職員用の食堂を利用したことがあるのですが、ちょんまげを結ったお侍さんが普通に食事をしていたりして、おかしかったのを憶えています。
そのときの演奏は、いちおう放送されたのですが、各大学の代表1名がアップで映され、名前もテロップで表示されたのが恥ずかしかったです。トロンボーンの先輩も一緒だったのですが、譲るに譲れませんでした。
学芸会のお馬さん? ~ワルキューレの騎行~
9月にある定期演奏会の前プロで「ワルキューレの騎行」をやります。映画「地獄の黙示録」中の武装ヘリが飛行するシーンで使用され、一気に有名となった曲です。
この曲は、ワーグナーの楽劇「ニーベルングの指環」の中で出てきます。この作品。他に例を見ない長編で、4夜にわたり上演されます。
- 序夜 『ラインの黄金』 (Das Rheingold)
- 第1日 『ワルキューレ』 (Die Walküre)
- 第2日 『ジークフリート』 (Siegfried)
- 第3日 『神々の黄昏』 (Götterdämmerung)
このうち、ワルキューレの第3幕への序奏が「ワルキューレの騎行」というわけです。本来は、ワルキューレたちの歌も入っているのですが、オーケストラの演奏会では、省略されることも多いです。歌詞は、「ハイヤ・ホー」というかけ声ばかりなのですけどね。
戦乙女たちは、主神オーディンの直轄部隊にして、愛と豊穣の女神フレイヤの従者であり、半神の神格を持つ女戦士です。甲冑に身を包み、羽飾りの兜と剣や槍、盾などを装備して武装し、天馬を駆って空を翔けます。「ワルキューレの騎行」は、まさにワルキューレたちが天を騎行する様を描いたものです。
「ワルキューレ」はドイツ読みで、「ヴァルキリー」と言った方がピンとくる方もいるかもしれません。ゲームなどだとヴァルキリーの方が多いです。
戦死した戦士の魂は、ワルキューレによって選別され、英雄と認められた者はヴァルハラへと導かれます。ヴァルハラは、北欧神話における主神オーディンの宮殿にあります。ここでは戦と饗宴が行われ、終末の日に備えるのです。
伝承では、自ら戦場に赴いて戦い、勇敢な戦士に恋心を抱いたりといった逸話などもありますが、死者の魂を誘うという役割から、冷酷な死神のイメージもありました。これが、ワーグナーの作品でとりあげられたことで、一気に有名となり、ポジティブなイメージが定着します。その後は、いろいろなファンタジー作品にも登場するようになりました。実は、拙作「双剣のルード【Doppelschwert Ludwig】 ~剣聖と大賢者の孫は俊傑な優男だが世間知らずのいなかもの~」でも、登場させます。
ワルキューレについては、ワーグナーの作品中で準主人公である「ブリュンヒルデ」が最も有名ですが、ほかにもいろいろな名前が伝わっています。ワーグナの作品では、9人とされていますが、伝承では、もっと多くの名前が伝わっています。得意な武器なども、さまざまです。
(代表的なワルキューレたち)
- ブリュンヒルデ(Brynhildr)- 輝く戦い
- スクルド(Sculd)- 運命の三女神の三女で未来を司る
- ゲンドゥル(Gondur/Göndul)- 魔力を持つ者
- ゲイルスケグル(Geirscögul)- 槍の戦
- スケッギォルド(Sceggiöld)- 斧の時代
- レギンレイヴ(Reginleif)- 神々の残された者
- シグルドリーヴァ(sigrdrífa) - 勝利をもたらすもの etc
「ブリュンヒルデ」は、田中芳樹先生の「銀河英雄伝説」中で、ラインハルトが乗る旗艦の名前としても使われています。帝国軍の戦闘機の名前も「ワルキューレ」でしたね。古い作品ですが、最近、アニメもリメイクされたので、知っている方も多いでしょう。
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それで、ようやく演奏会の話ですが、「ワルキューレの騎行」で活躍するのは、専ら管楽器、特に金管楽器です。弦楽器は、はっきり言って、効果音担当ですね。
チェロは、ホルンの一部と一緒に、タンタタンというリズムをひたすらきざんでいます。天馬が空を駆ける様を描写したものですが、これはヴェートーヴェンの交響曲第7番第1楽章のリズムにインスパイアされたものだと思います。ワーグナーが、この曲のリズム動機に感銘を受け、舞踏の聖化 (Apotheose des Tanzes)と絶賛したことは、有名な逸話です。
で、このリズムは3連符に付点音符がミックスされたもの。具体的には、最初の3連符2つ分の付点を下げ弓(Down bow)で、最後の3連符一つ分を上げ弓(Up bow)で弾きます。が、弦楽器は、ダウン・ボウとアップ・ボウが不均等なリズムが苦手なのです。
当然に、アクセントは冒頭にあるのですが、何も考えないで弾いてしまうと、アップ・ボウで前半のダウン・ボウで弾いた3連符2つ分を一気に戻すことになるので、アップ・ボウの方が強くなってしまう。そうならないように、コントロールするのも大変だし、付点音符が甘くなってもカッコ悪い。おまけに、音程の跳躍もある。特に、♯が5つに転調したところの、音の跳躍は音程のコントロールもたいへんです。そんなことで、相当に神経を使うのです。何小節か休みはあるものの、ずっとこれが連続するのは重労働です。でも、主役は、あくまでも金管楽器だと思うと、不毛な感じもします。しかし、これがないと天馬が駆ける雰囲気は出ないのですよね。そう思うと、学芸会のお馬さんの役になった気分です。
でも、ブラームスは、金管楽器の出番が少ないし、演奏会全体として考えれば、それでバランスが取れているのです。もちろん、脇役ばかりの団員ができるだけいないように考慮して選曲をしているのですから。
ワーグナーは「ニーベルングの指環」で、物語の登場人物のみならず、剣などの道具や死の告知などの概念を短い動機によって示す示導動機の手法を使っています。これは、現代の映画音楽なども同じです、意識して聞いていないかもしれませんが、スターウォーズでダースベイダーが登場するシーンでは、彼のライトモチーフが流れているのです。で、チェロにとって重労働な付点リズムの音型は、まさに「ワルキューレの騎行」のライトモチーフです。
ワーグナーについて、もう少し語ると、彼には熱狂的なファンがいることで有名です。「ワグネリアン」と呼ばれる人たちです。彼が作った楽劇における凝った世界観と、大胆な作曲技法を用いた魅力的な音楽は、その人たちを熱狂させました。
その代表選手が、バイエルン国王のルードヴィヒⅡ世です。彼は、ワーグナーのオペラ「ローエングリン」などの熱狂的なフアンでした。白鳥に引かれた小舟に乗って登場する「白鳥の騎士ローエングリン」に心底憧れます。ローエングリンは、アーサー王伝説における円卓の騎士の1人、パルジファルの息子です。
オペラ「ローエングリン」の劇中で使われる「婚礼の合唱」は、ウェーバーの結婚行進曲と並んで、結婚式で使われる音楽としておなじみ。クラシック音楽を知らない人でも、絶対に聞いたことのある曲です。
ルードヴィヒⅡ世は、ワーグナーのパトロンとして、資金援助を惜しみませんでした。ついには、バイロイト祝祭歌劇場という、ワーグナー作品専用のオペラハウスまで作ってしまいます。ワグネリアンは、現在でも多く、彼らにとって、バイロイト詣では聖地巡礼のようなものになっています。
そして、夢想家のルードヴィヒⅡ世は、美しい城として有名な「ノイシュバンシュタイン城」まで作ってしまいます。

このお城には、ローエングリンの世界を模した部屋もあるそうです。作られたのは、19世紀も後半に入ってからなので、中世のお城でも何でもなく、王様の時代錯誤な趣味のために作られたお城です。高額な建設費のため、国庫にも大きな負担がかかりました。しかし、結果として見れば、美しいお城No1なことは間違いなく、有力な観光スポットにはなっているので、結果オーライなのでしょうか。新しいお城ではありますが、世界遺産にも登録されたそうです。
さすらいのオーケストラ ハァ・・(;-ω-)=3

今日のオケの練習は立川でした。しかも、午前中。自宅からは、直線距離では、それほどないのですが、電車の乗り換えが面倒で、けっこう微妙。
結局、京王線経由で行くことにしたのですが、ああいう長い私鉄は、特急、急行、快速、各駅だの種類が多い。案の定、電車を間違えて、遅刻してしまいました。
練習場所の確保は、アマオケの大きな悩みの一つ。普段使いしている練習場所はあるけれど、いつも予約できるとは限らない。結果、遠方の場所しか確保できないことも、度々あります。これが午前中だと、輪をかけて辛い。チェロを背負っての、長距離移動ならなおさらです。
電車の中では、ヴァイオリンやチェロを持った人を何人か見かけました。あの人たちも、練習場所が遠いのかな?
でも、立川は、まだ都内なので許せます。過去、大宮、横浜などまで、練習のため遠征したこともあります。もはや、境界を超えて隣の県です。距離的に、一番遠いのは、大宮ですが、埼京線が早いので、時間的にはなんとかなるんですね。私は、新宿から乗るのですが、ホームが変な場所にあるし、湘南新宿ラインなどと共用で、しかもホームが二つある。なので、駅の表示板をよく見ないと失敗します。
スマホのナビアプリを使うことも多いのですが、あてにならないこともある。結局は、駅の表示板や駅の構内放送に注意を払わないと、やはり乗り間違いが起きてしまう。
特に、初めての練習場所のときは、不安ですね。余裕をもって家を出たつもりでも、ちょっと迷っただけで時間のロスは結構なものがあります。
立川もそうですが、郊外の町というのは、開発が進んで、大型店舗なども出店しているし、なかなかのものです。でも、そうじゃない町もある。
高島平へ行ったときは、ちょっとビックリしました。イメージは、かなり歴史あるベッドタウンという感じ。巨大なマンションが立ち並び、壮観といえば、そうですが、ああいう巨大なマンションは生活感がないんですよね。住んでいる方には、とても失礼な感想ですが。
そんなことを言いつつも、私の自宅周辺でも、一戸建てなどの住宅が、どんどんマンションに置き変わっています。マンションが立ち並ぶ大通りというものは、やはり好きにはなれないですね。東京の地価は、異常に高いので、そもそも親から家を相続して、維持できるのは、よほどの資産家でないと無理な状況です。相続というのは、不労所得なので、税率が高いのは道理なのかもしれませんが、このままだと、いずれは東京からナイスな感じの住宅街は姿を消してしまうのではないでしょうか。かなり、寂しい感じがします。
今日の練習は、シューベルトの交響曲第2番が中心でした。演奏会でとりあげられるのは、かなりレアな曲です。作曲したのは、なんとシューベルトが18歳のとき。その若さで、こんな曲が書けるというのは、天才なのでしょうね。
この曲ですが、まだ初期の曲ということもあり、伝統的なハイドン・モーツアルトに似ている感じもあり、また、シューベルトが尊敬してやまないベートーヴェンを意識しているであろう部分も多々あります。
他のプログラムで、ベートーヴェンのエロイカとプロメテウスの創造物序曲をやるので、ヴェートーヴェンっぽくなりそうになるのですが、そこはやはり違う。
ということで、どういうテイストで演奏するのが正解なのか、まだ試行錯誤中な感じですね。今日やった感じだと、あまりベートーヴェンっぽくしない方がしっくりくるかなと思いました。
シューベルトは、この時期から、既に凝った転調をやっています。難所なのが、1楽章で、b-moll(変ロ短調:フラットが5つ)から始まってじわじわと転調するところ。b-mollから始まり、♭や♮の臨時記号が頻繁に出てきて、1小節ごとに調が変化していき、最後は変ホ長調へ。
そもそもGes(ソ♭)というのは、滅多に出てこないので弾き慣れないし、弦楽器で一番鳴りにくい音なのです。
幸い、ヴィオラとユニゾンではあるのですが、ヴィオラでも難しそう。ヴィオラで難しいのなら、チェロは推して知るべしというところです。
1楽章は、ヴァイオンも苦戦しているみたいです。
ただ、寂しいことに、聞いている分には、ぜんぜん難しそうな曲に聞こえないんですよね。
来週はもう8月で、夏休みもあります。9月の本番まで、練習は数えるほどしかありません。そろそろ、焦らないといけないようです。
チェロという楽器を独奏楽器に押し上げた人 ~パブロ・カザルス~

音楽家の正装の話を書いたので、続きの話を書きます。
今や、チェロという楽器が独奏楽器と言っても、疑問をはさむ人はいないでしょう。
初めて弦楽器を習おうかという人が、ヴァイオンにするか、チェロにするか悩むということもよく聞きます。チェロのケースを抱えて街を行く姿を目にすることも、珍しくなくなりました。音楽教室は活況で、ヴァイオンよりもチェロの方が多いのでは、という勢いです。
ですが、チェロが独奏楽器として広く認知されたのは、20世紀に入ってからです。
そのきっかけとなったのは、パブロ・カザルスがもたらした、演奏技術の改革です。
前に書いたように、クラシック音楽は、もともと王侯貴族の前で演奏するものでした。このために、演奏の見た目も重視されます。特に、弦楽器は、弓を動かす動作をするので目立ちます。弦楽器の運弓をいかに優雅に見せるかということで、いくつかの流派がありました。これらの流派では、肘を体から離してはならないとか、pかfかにかかわらず、常に全弓を使わなければならないとか、今からすると信じがたいものでした。
カザルスは、「演奏技術は演奏する音楽にしたがうものだ」ということを主張した人物です。弓を使う量もpなら少なく、fなら多くという、今ではごく当たり前のことが、当時は、革命的なことと受け止められたのです。
当時は、古い秩序が破壊され、新しい価値を提示することがもてはやされたこともあり、彼の主張は賛辞を持って受け入れられます。さらに、ヴァイオンなどの奏法にも取り入れられていきます。

カザルスは、クラシック音楽の本場ではないスペインの出身で、なんと正式に先生にチェロを習ったのは4年間だけなのだそうです。だからこそ、古い伝統にとらわれずに、自由な主張ができたのかもしれません。
残念ながら、カザルス自身は、自らのチェロの技術について、教則本的な著作は残していませんが、その弟子たちは、かなり細かな著作を残しています。音楽家は、実は、練習曲(エチュード)は残していても、演奏技術を書き記した書物は、ほとんどないのが実情です。練習曲から、技術を推定するしかないのです。そんな中で、カザルスの弟子たちの著作はとても貴重なものです。
カザルスが主張した技術の数々は、運弓だけではなく、フィンガリングなどにも及びます。その中の一つに、「左手のパーカッション」と呼ぶ技術がありました。カザルスは、左手で弦を押さえるときに、素早く叩くようにすることで、音のアーティキュレーションがクリアになると主張しました。左手を使ったピチカートは、パガニーニが書いた超絶技巧を駆使した曲などで出てくるので、まったくのオリジナルではありませんが、これをピチカートではなく、弦を押さえるときに使うというのは、カザルスのオリジナルです。
昭和の時代くらいまでは、このやり方が主流でした。ですが、技術は不変ではありません。水泳の泳法が、昭和の時代と令和の現代では変化しているように、楽器の奏法も変化します。現在では、左手で弦を叩くことはしませんし、押さえるときも、指板から少し浮かせるのが主流です。そのほうが、指板との摩擦がなくなり、弦がよく鳴るのです。
余談ですが、左手のピチカートというのは、うまく使うと効果を発揮することがあります。例えば、ブラームスのチェロソナタ第1番の第1楽章で、アルコで弾いていて、突然に1発だけDのピチカートが出てきます。これをアルコで弾いていたのを持ち替えて、右手で演奏すると、とてもせわしなくなりますが、開放弦のDを左手で弾くとスムーズにできます。
オーケストラの作品でも、アルコとピチカートの切り替えが難しいことは良くあります、時間がない時は、持ち替えずに中指を伸ばして弾く手もありますが、プルトで分担して、表の人はアルコを早めに切り上げてピチカートを弾き、裏の人はアルコの音を最後まで弾いて、ピチカートは弾かないというように分担する場合もあります。実は、今練習しているブラ2でもあるのですが、アルコの直後に出てくる音が開放弦のGでいけるので、左手で弾いています。
また、カザルスの業績の一つに、バッハの無伴奏チェロ組曲の価値を知らしめたことがあります。バッハの音楽が忘れ去られていた、という話は既に書きました。カザルスの時代、ある程度復権はしていたものの、無伴奏チェロ組曲は、まったく注目どころか、理解されていない作品でした。
この前提に、時代による音楽様式の変化があります。バロック時代の音楽は、その前のルネサンス期の音楽の影響が残っていました。ルネサンスの音楽は、教会音楽、中でも合唱がメイン。合唱は、4声部などのものでしたが、主従関係はなく、4声部が平等に絡み合っていくポリフォニーというやつです。バッハのフーガは、まさにこれを発展させた作曲技法なわけです。
バッハの無伴奏チェロ組曲は、このポリフォニーのテイストを、独奏楽器で表現するという大胆なものでした。ですが、これが結構難しい。そういう曲なのだという前提に、聴いている方も、声部の絡み合いを頭の中で補ってあげないと、意味がわからない。
時代が、ハイドンやモーツアルトの時代になると、音楽の様式が変わります。メロディーが主役として固定され、これを伴奏が支えるという様式に変化します。これが音楽の形の常識だという認識は19世紀まで続くのです。
バッハの無伴奏チェロ組曲では、1番や4番のプレリュードなど、延々と分散和音が続く曲があります。これを見て、実は、これはメロディー部分が失われた伴奏部分のパート譜なのではないのか、という説まであるほどでした。
youtu.be 第1番のプレリュードは、平均律クラビーア曲集第1番にとてもよく似ています。作曲家のグノーは、これを伴奏として「アベ・マリア」のメロディーを作曲しているのですが、まさにその発想ですね。
カザルスは、粘り強くこの曲を演奏し続け、その価値が認められるようになっていきました。彼は、無伴奏チェロ組曲の楽譜を、子供のころに古本屋で見つけ、その価値を認めてずっと温めていたのでした。すごい、執念です。で、結局、バッハの無伴奏チェロ組曲は「チェロの旧約聖書」とまで呼ばれるメジャーなレパートリーとなったのです。
ということで、チェロを独奏とした曲が本格的に作曲されるのは19世紀末に入ってからで、時代的には「現代音楽」となります。
そんな中で、貴重なのが、ベートーヴェン先生のチェロ作品です。ヴェートーヴェン先生は、チェロソナタを5曲。チェロとピアノの変奏曲を3曲。そして、ホルンソナタのチェロ用編曲版を残しています。これが、また異例で貴重なものなのです。ちなみに、ベートーヴェンのチェロソナタは「チェロの新約聖書」とも呼ばれます。
これは、すなわち、本格的なチェロ作品のレパートリーが、カザルスの時代、少なかったことを意味します。このため、カザルスは、他の作品から転用した小品を多く演奏しています。フォーレの歌曲「夢の後に」をチェロで演奏したものなどが代表選手ですが、こちらは他の演奏家も倣って演奏するようになって、チェロ版の方が、むしろ有名なほどです。
こうして、チェロという楽器は、独奏楽器としての市民権を得て、それ以降は独創チェロの作品が多く書かれることになるのでした。