FUMONIN Hikaru's Artistic Days

Web投稿などで活動するアマチュア作家・小説家で、オケなどで活動するアマチュアのチェリストです。

学芸会のお馬さん? ~ワルキューレの騎行~

 9月にある定期演奏会の前プロで「ワルキューレの騎行」をやります。映画「地獄の黙示録」中の武装ヘリが飛行するシーンで使用され、一気に有名となった曲です。

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 この曲は、ワーグナーの楽劇「ニーベルングの指環」の中で出てきます。この作品。他に例を見ない長編で、4夜にわたり上演されます。

 このうち、ワルキューレの第3幕への序奏が「ワルキューレの騎行」というわけです。本来は、ワルキューレたちの歌も入っているのですが、オーケストラの演奏会では、省略されることも多いです。歌詞は、「ハイヤ・ホー」というかけ声ばかりなのですけどね。

 戦乙女ワルキューレたちは、主神オーディンの直轄部隊にして、愛と豊穣の女神フレイヤの従者であり、半神の神格を持つ女戦士です。甲冑に身を包み、羽飾りの兜と剣や槍、盾などを装備して武装し、天馬ペガサスを駆って空を翔けます。「ワルキューレの騎行」は、まさにワルキューレたちが天を騎行する様を描いたものです。

 「ワルキューレ」はドイツ読みで、「ヴァルキリー」と言った方がピンとくる方もいるかもしれません。ゲームなどだとヴァルキリーの方が多いです。

 戦死した戦士の魂は、ワルキューレによって選別され、英雄エインヘリャルと認められた者はヴァルハラへと導かれます。ヴァルハラは、北欧神話における主神オーディン宮殿グラズヘイムにあります。ここでは戦と饗宴が行われ、終末の日ラグナロクに備えるのです。

 伝承では、自ら戦場に赴いて戦い、勇敢な戦士に恋心を抱いたりといった逸話などもありますが、死者の魂を誘うという役割から、冷酷な死神のイメージもありました。これが、ワーグナーの作品でとりあげられたことで、一気に有名となり、ポジティブなイメージが定着します。その後は、いろいろなファンタジー作品にも登場するようになりました。実は、拙作「双剣のルード【Doppelschwert Ludwig】 ~剣聖と大賢者の孫は俊傑な優男だが世間知らずのいなかもの~」でも、登場させます。

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 ワルキューレについては、ワーグナーの作品中で準主人公である「ブリュンヒルデ」が最も有名ですが、ほかにもいろいろな名前が伝わっています。ワーグナの作品では、9人とされていますが、伝承では、もっと多くの名前が伝わっています。得意な武器なども、さまざまです。

(代表的なワルキューレたち)

  • ブリュンヒルデ(Brynhildr)- 輝く戦い
  • スクルド(Sculd)- 運命の三女神の三女で未来を司る
  • ゲンドゥル(Gondur/Göndul)- 魔力を持つ者
  • ゲイルスケグル(Geirscögul)- 槍の戦
  • スケッギォルド(Sceggiöld)- 斧の時代
  • レギンレイヴ(Reginleif)- 神々の残された者
  • シグルドリーヴァ(sigrdrífa) - 勝利をもたらすもの etc

 「ブリュンヒルデ」は、田中芳樹先生の「銀河英雄伝説」中で、ラインハルトが乗る旗艦の名前としても使われています。帝国軍の戦闘機の名前も「ワルキューレ」でしたね。古い作品ですが、最近、アニメもリメイクされたので、知っている方も多いでしょう。

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 それで、ようやく演奏会の話ですが、「ワルキューレの騎行」で活躍するのは、専ら管楽器、特に金管楽器です。弦楽器は、はっきり言って、効果音担当ですね。

 チェロは、ホルンの一部と一緒に、タンタタンというリズムをひたすらきざんでいます。天馬が空を駆ける様を描写したものですが、これはヴェートーヴェンの交響曲第7番第1楽章のリズムにインスパイアされたものだと思います。ワーグナーが、この曲のリズム動機に感銘を受け、舞踏の聖化 (Apotheose des Tanzes)と絶賛したことは、有名な逸話です。

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 で、このリズムは3連符に付点音符がミックスされたもの。具体的には、最初の3連符2つ分の付点を下げ弓(Down bow)で、最後の3連符一つ分を上げ弓(Up bow)で弾きます。が、弦楽器は、ダウン・ボウとアップ・ボウが不均等なリズムが苦手なのです。

 当然に、アクセントは冒頭にあるのですが、何も考えないで弾いてしまうと、アップ・ボウで前半のダウン・ボウで弾いた3連符2つ分を一気に戻すことになるので、アップ・ボウの方が強くなってしまう。そうならないように、コントロールするのも大変だし、付点音符が甘くなってもカッコ悪い。おまけに、音程の跳躍もある。特に、♯が5つに転調したところの、音の跳躍は音程のコントロールもたいへんです。そんなことで、相当に神経を使うのです。何小節か休みはあるものの、ずっとこれが連続するのは重労働です。でも、主役は、あくまでも金管楽器だと思うと、不毛な感じもします。しかし、これがないと天馬が駆ける雰囲気は出ないのですよね。そう思うと、学芸会のお馬さんの役になった気分です。

 でも、ブラームスは、金管楽器の出番が少ないし、演奏会全体として考えれば、それでバランスが取れているのです。もちろん、脇役ばかりの団員ができるだけいないように考慮して選曲をしているのですから。

 ワーグナーは「ニーベルングの指環」で、物語の登場人物のみならず、剣などの道具や死の告知などの概念を短い動機によって示す示導動機ライトモティーの手法を使っています。これは、現代の映画音楽なども同じです、意識して聞いていないかもしれませんが、スターウォーズでダースベイダーが登場するシーンでは、彼のライトモチーフが流れているのです。で、チェロにとって重労働な付点リズムの音型は、まさに「ワルキューレの騎行」のライトモチーフです。

 ワーグナーについて、もう少し語ると、彼には熱狂的なファンがいることで有名です。「ワグネリアン」と呼ばれる人たちです。彼が作った楽劇における凝った世界観と、大胆な作曲技法を用いた魅力的な音楽は、その人たちを熱狂させました。

 その代表選手が、バイエルン国王のルードヴィヒⅡ世です。彼は、ワーグナーのオペラ「ローエングリン」などの熱狂的なフアンでした。白鳥に引かれた小舟に乗って登場する「白鳥の騎士ローエングリン」に心底憧れます。ローエングリンは、アーサー王伝説における円卓の騎士の1人、パルジファルの息子です。

 オペラ「ローエングリン」の劇中で使われる「婚礼の合唱」は、ウェーバーの結婚行進曲と並んで、結婚式で使われる音楽としておなじみ。クラシック音楽を知らない人でも、絶対に聞いたことのある曲です。

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 ルードヴィヒⅡ世は、ワーグナーパトロンとして、資金援助を惜しみませんでした。ついには、バイロイト祝祭歌劇場という、ワーグナー作品専用のオペラハウスまで作ってしまいます。ワグネリアンは、現在でも多く、彼らにとって、バイロイト詣では聖地巡礼のようなものになっています。

 そして、夢想家のルードヴィヒⅡ世は、美しい城として有名な「ノイシュバンシュタイン城」まで作ってしまいます。

ノイシュバンシュタイン城

 このお城には、ローエングリンの世界を模した部屋もあるそうです。作られたのは、19世紀も後半に入ってからなので、中世のお城でも何でもなく、王様の時代錯誤な趣味のために作られたお城です。高額な建設費のため、国庫にも大きな負担がかかりました。しかし、結果として見れば、美しいお城No1なことは間違いなく、有力な観光スポットにはなっているので、結果オーライなのでしょうか。新しいお城ではありますが、世界遺産にも登録されたそうです。